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イシズカケイのめんどくさいオジサン

HIPHOPと漫画とお酒が好きな、中年のブログ。

「劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語」を見て感動したので、まどかマギカの良さを振り返ってみた

アニメ 映画
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僕は気づいたら、魔法少女まどかマギカのファンになっていました。
 
TV版全話、劇場版の前編・後編(TV短縮バージョン)を見て、先日は新劇場版を見に行った。
玄関にある棚の上には、クレーンゲームで取ったキュウべえのぬいぐるみと、ガチャガチャで買ったソウルジェム。またトイレには、お茶についていた、まどかとほむらの小さいおもちゃがある。
 
ここまでのめり込んだアニメは今までない。そんな自分がなぜ、魔法少女まどかマギカ」にはまったのか、分析してみようかと思います。(若干のネタバレあります)
 
 

現実にも通じるハードな世界観がヤバイ

自分は、漫画でいうと「よつばと」「それでも町は廻っている」や漫画家のエッセイ。映画でいうと「南極料理人」で有名な沖田修一監督の作品や、「スモーカー」など、日常を切り取ったような作品が好きだ。いわばこういう作品群を日常系だと思っている。
 
日常系の魅力は、「急激な変化がない」ことだと思います。
日常系の世界観には、悪や不安的な要素が排除されている。悪や不安がないからこそ、大きな苦難がないので、登場人物が急激に成長しない。だから、見ているとぬるま湯に浸かっているようで、とても心地がいい。
 
魔法少女まどかマギカ」は、はじめ日常系を思わせるゆるふわ魔法少女物に思わせといて、TV版第3話でとある仕掛けにより、裏側にあるハードな世界が露呈される。
 
 
 
そして、話が進むごとに、世界の平穏は、魔法少女の犠牲によって成り立っているということがわかります。この話はものすごく現実味があると思う。
今日、日本が豊かなのも、貧しい国の労働力のおかげだ。どこかの国の誰かの苦しみがあって、この平穏がある。もちろんこれが、資本主義の一面だと思う…。(あまり頭が良くないので、この辺でこの話は終わらせます…。)
 
そういったハードな現実の部分をフィクションの世界の設定(しかも結構なSF物)にして、物語として語る。
だからこそ、物語として共感ができるのだと思います。


ビジュアルがヤバイ

一応、web制作に関わる身として、新しいビジュアルにはアンテナを張っているからかもしれませんが、魔法少女まどかマギカ」のビジュアルには驚きました。
 
 
 
 
前衛的なアートの世界の中で、萌えキャラクターが右往左往するのです。
この違和感、狂っている」というのが、はじめての印象です。
(アニメがダメな人は、「狂っている」何かを見るという感覚で見ると、入りやすいかも)
 
CGが出てきてから、映像表現が陳腐化したとういうか、少なくとも「リアリティー」や「美しい」という方向の映像表現では驚くことがなくなりました。そこで「魔法少女まどかマギカ」の映像表現は、そういうところでは勝負をしないということで、こうも新しい表現ができるのか…
 
「SR サイタマのラッパー」で有名な入江監督も、TV版を見ず、いきなり新劇場版を見に行ったら、内容がわからなくても、狂ったビジュアルだけで面白かったと言ってました。
 
このビジュアル表現だけで一見の価値があると思います。
 
 
ちなみに、前衛的な映像表現は劇団イヌカレーというユニットが担当しているそうです。このユニットの今後、要チェックしとけ~っすね。

 

物語が普遍的で感情移入できてヤバイ

魔法少女まどかマギカ」の世界観の設定は現実から程遠いものですが、登場するキャラクター達の悩みや葛藤は、一度は誰もが考えたことがあるものばかりだと思います。

  • この気持ち、誰にもわかってもらえなくて辛い
  • なんために仕事をがんばっているのか、わからなくなって辛い
  • どうせ自分なんて、駄目な奴だ…辛い
  • どうしてみんな仲良くできないんだろう…辛い
  • 騙された!自分が馬鹿すぎて辛い

このひとつひとつの悩みや葛藤が、物語上では大解決!オールOK!みたいなアマアマな解決には向かわず、本当にこれでいいのだろうか?という余韻を残した解決方法に向かうのだが、物語中、ほんの一緒だけこすれあうかのように、悩みや葛藤に対するささやかな救いが、「この一瞬のために生きているのかもしれない」と、たまに感じる自分の人生観に近くて、深いなぁ~と感じさせてくれます。

こう思わせてくれるのは、脚本や演出がよくできているからだと思います。魔法少女まどかマギカ」の制作者は、本当に頭がいいなーと、少しジェラシー。


「劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語」は人間臭かった

「劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語」は、続編として完璧!といえるほどの満足する出来だったと思う。

最初から最後まで「劇団イヌカレー」のより過剰になったビジュアル世界の中で物語が進んでいき、前半は皆が見たかったであろう欝っぽさがない、純粋に燃える(萌えるじゃないよ)スカっとした正当法のヒーローアクション。また、TV版では、すれ違ったまま別れしまったあの二人のタッグプレイ、サービス満点です。
(話はそれますが、ハード世界観で人気があるアニメや漫画には、必ずって言っていいほど、日常系の二次創作物ってありますよね。エヴェとか最近だと進撃の巨人のも出てた。

ただ、それだけでは終わらず、TV版でもっとも抑圧されていたあのキャラクターが自分の欲望のまま、大暴れ。普通だったら、欲望のまま動くってことに関してはよくないこととされがちですが、あんだけ苦労してきたんだから…しょうがないよ…というかそのぐらい大目に見る!(かなり大事ですが…)という感情になりました。
(あるキャラクターの欲が世界のああさせたってのが、押井守監督の「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」っぽいなとも思ったアニメ表現で、ここまで人間臭い作品を作れるって、なかなかすごいことだと思いました。
 
…ということで、TV版見なくても、劇場版の前編・後編(ざっくり4時間)を見て、「劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語」を劇場で見ることをお勧めします。 特に、普段アニメを見ない方、以外に入り込みやすい作品と思いますので、是非是非。